領土の取り返し方

昨日の続きです

 

北方領土返還に関して

「偉そうに書いてあったけどお前ならどうするんだ

批判ばかりではなく何がしかの案を持っているのかと」

言いたい人もいるでしょね

 

もちろん批判するだけじゃなく自分の意見は有ります

いうのは良いですが

何の力もないもので

たぶん役に立ちませんよ

 

「それでもいいから言え」というなら、と

今日のブログです [^^;;

 

帰ってこないので戦争をしてでもと

あの政治家のように短絡的なことは考えませんし言いません

逆です

北方領土が戻るまで

100年経とうが1000年経とうが戦争は駄目です

 

さてさて

 

北方領土が盗まれたのは1945年ですから

あれから76年経ちますよね

 

結論を先に書くとあと76年交渉をしましょうよ

交渉し続けましょうよ

馬鹿みたいな意見だと笑わないで最後まで読んでください

 

例えば韓国

竹島を取られたままですよね

いくら返せ返せと言っても返しません

ロシアと同じ

 

じゃどうするか

 

韓国から頼みごとをしてきたら

「竹島を返してくれたら」と言うのです

おかねを貸してくれと言ってきたら

「竹島を返してくれたら」

「竹島を返してくれたら」

「竹島を返してくれたら」

「竹島を返してくれたら」

何を言われてもこれ一本で通します

 

北方領土も同じ

 

何か頼みごとをしてきたら

「北方領土を全部返してくれたら、その話を検討します」とやるのです

平和条約を締結したいと言われたら

「北方領土を全部返してくれたら、その話を検討します」

経済援助を要求されたら

「北方領土を全部返してくれたら、その話を検討します」

天然ガスパイプラインを作って欲しと言われたら

「北方領土を全部返してくれたら、その話を検討します」

なんでもかんでも

「北方領土を全部返してくれたら、その話を検討します」とやるのです

 

ただ日本は

自国に益のあることは

「その話はok」と動くこと

 

考えてみて欲しいのですが

それらの国があと76年豊かであり続けるのかと

そんなことはありません

必ず貧することがあります

たぶん頻(貧)繁に [^^;;

そのたび

「これしてくれたら検討します」と持ち出すのです

 

日本のやることは

一つ目は、その時まで力を蓄えること

二つ目、財力も付ける

三つ目、その2ケ国に対する力を、近隣諸国、世界の国々との友好関係に向け、徹底的に築き上げること

 

日本の政治家はお人よしですから

「返すからこれお願い」と言われただけで

先方の提案の俎上に上ります

そんなのは全部嘘です

いままでさんざん騙されてきました

76年間も付き合ってそんなこと分かったでしょ

 

じゃなくて

全ての領土が帰ってきてから

先方の提案を検討します

この二つの国に手間暇、

時間をかけるなら

友好国とのお付き合いを優先するのです

76年間徹底して

 

そんなことで

色々あった今年1年でしたが

来年は

皆々様には本年より倍して良い年であることをご祈念申し上げます

では

 

ん?、今日は12月28日

年末の挨拶にはちょっと早すぎかな [^^;;

 

北方領土2島返還論に思う

今日は赤文字(ネットの引用)から始まります

 

政治決着とは-コトバンク

利害の対立や紛争について、司法の場で解決を図るのではなく、政治的な調整によって事態に一定の収拾をつけること。

 

話しは変わって

北海道人にとっては身近で大切な話しです

 

北方領土の面積は

歯舞諸島95k㎡

色丹島251k㎡

国後島は1490k㎡で沖縄より広い面積です

択捉島は3168k㎡は鳥取県より広い面積

合計の5004k㎡は福岡県より広い面積です

 

北方領土2島返還は

2島の面積346㎢を返せと言っていますが

言葉だけとらえると半分戻るように思いますよね

4島のうち2島返還ですから

しかし

これを面積で言うと

盗まれた領土の0.7%を返してくれと言っているにすぎません

 

別な角度から

 

1万円札の束が4ツ盗まれました

そのうち半分の2ツの束を返してくれたら許してやるよと言ったとします

 

金額で言います

泥棒に5004万円盗まれて

二束の方は少額346万円なので返して欲しいですと言いました

これって半分かと思ったら0.7%です

さてさて、泥棒は返してくれるでしょうか

あなたは返してくれると思いますか

 

他人の者も我がものと考える泥棒は返しませんよ

絶対に

そんなこと交渉するまでもありません

 

これを政治決着させるのだと大見えを切った元首相

北海道新聞に単独の会見が出ていました

何をやっても

どうやっても批判される政治家ですが

 

普通の人と話すなら分かり合えるかもしれません

少しくらいおかしな人の国なら政治決着もありでしょうね

 

でも、相手はコソ泥ですよ [^^;;

 

今日は政治家批判じゃありません

詳しくは北海道新聞をと

北海道新聞のPRでした [^^;;

 

 

 

違和感

違和感というか孫の手が欲しい感じです

背中に(真実)に手が届きません

 

これって

『謝って済むなら警察はいらない』状態とでもいうのでしょうか

この中途半端な感じはなんでしょう

 

裁判をやっていた近畿財務局職員赤木さん自死問題のことです

 

財務省は

よくわからない認諾で決着しました

というよりさせました

認諾とは – コトバンクhttps://kotobank.jp › word › 認諾-
にん‐だく【認諾】 … ① その事柄を認めてそれに同意すること。承認。 … ② 民事訴訟で、権利関係に関する原告の主張を正当として承認する被告の陳述。

認諾とはこのようにあります

これって裁判に負けたわけですから

事実関係が明らかになったと思ったら

どうもそうではなく

これで一切終わり

この件には触れるなという事のようです

 

でもおかしいっしょ

 

わたくし凡人が考えるに

裁判に負けたという事は理由をハッキリさせたからですよね

いまいち分かりません

素人に解るようにその理由を説明して欲しいものです

 

言いたいことが、もう一つあります

賠償金1億円は

財務省の職員個人個人から集めて出すのでしょうか

それなら、

しぶしぶですが引き下がります

まさか、税金から出さないですよね

 

あ~~、

もう一つ言いたいことがありました

煙のない所に煙を出すような記事でも出すマスコミは

一言も発せずです

認諾の言葉を普及させましたが

それでおわりなの? [^^;;

 

一人事故

やっちゃいました

ブログのネタ提供

ではなく、

名付けて一人事故です

買物の帰り道

猛吹雪で一瞬前が見えなくなりました

で、フロントに雪を被りながら

そのまま2.5mほど下の道路わきに滑り落ちて行ったのです

 

車も自分も毛が一つありませんでした [^^;;

 

しかし

対向車線を突っ切って反対側の道路わきですから

対向車があれば

また歯医者、ではなく廃車

 

これで今年二回目ですから

運転は敗者 [^^;;

 

一回目の事故動画はこちら

交通事故/衝突瞬間の映像

ひとの育て方

野球はやりません、見ません

でも、日本ハムは好きです

日本ハムのハムがすきだから

ではなく、会社で取引があるからですが [^^;;

 

その日本ハムが大谷翔平という人を世界へ売り出したのですから

嬉しいですねぇ~

 

それでも相変わらず野球は見ませんが

ネットや新聞、週刊誌で目にするたびに嬉しくなります

 

チト話しは変わって

ここ何年も小説は読みません

すぐ眠たくなるので

せいぜい週刊誌のコラムを読むことで満足しています

なぜなら

週刊誌だと一つのコラムが

眠くなる前に読み終えるので

ちょうど良いのです

写真は今週の週刊現代(12月11・18号)

特にこの記事が良いですねぇ~

 

大谷翔平、藤井聡太、渋野日向子、羽生結弦、錦織圭、内村航平(敬称略)

世界的に活躍した人たちです(藤井さんは将棋の世界でという事で理解)

この人たちを育てた親の教育方針

超一流を育てた親が「やらなかった」こととありました

 

記事としては

子どもの前で夫婦喧嘩をしないとか

好きなことを妨げない

期待はし過ぎない

誰よりも信じてあげるなどなどです

詳しくは記事を読んで欲しいのですが

なかでも

子どもを頭ごなしに怒らない、子どもの考えを否定しないが一番刺さりましたね

 

子どもを育てる時期は過ぎましたが

いま子育て真っ最中の人たちには必須の記事ですね

 

で、私はもう関係ないかというとそんなことはありません

子育て社員を育てるとか

部下を育てると置き換えるとまだまだ使えます

 

ということで大谷選手を育てた

日本ハム栗山英樹元監督が最高だったんでしょうね [^^;;

 

20年前の弘前でも

デジャブとは

既視感
既視感は、実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じる現象である。フランス語: “déjà-vu”よりデジャヴュ、フランス語由来の英語 “déjà vu”よりデジャヴ、デジャブ、デジャビュ、デジャビュー、デジャヴー、デジャヴューなどとも呼ばれる。 ウィキペディア

 

今回の事件はデジャブではありませんでした

 

さて、何を言いたいか

ちょうど20年前でした

武富士弘前支店の放火事件

3階にあった支店に強盗目的で入った犯人が火を放ったものです

出入り口が1カ所しかなく何人もの人が亡くなりました

 

当時その事件を知って

経営していた焼肉店煉屋を見直したとき

非常口になる場所が2カ所ありましたが

それでも心配になり

出入り口の対角線

一番奥に煉瓦の壁を破りもう一つ非常口を作りました

 

大阪ビル放火事件は武富士弘前の放火事件とそっくりです

見取り図を見ると

出入り口は1カ所

そこにガソリンをまき火を点けた分けですから

 

その後のニュースで

総務省消防庁が出入り口が1カ所の

全国3万棟の類似雑居ビルに対しての

緊急検査を要請したとニュースにありました

 

これで気が付いたこと二つ

 

似たようなビルが3万カ所もあることと

消防庁はそれを知っていたこと

 

なんにしても

あらためて思いましたね

自分の身は自分で守るものだと

 

昭和 平成 令和

1949年昭和24年に生まれた私は

1989年に40歳となりその年に平成になりました

2019年は70歳で令和入りです

 

覚えやすく並んだものです

 

20歳ころ自覚したことがあります

元号の変遷は自分の人生とリンクするんだろうなと

 

まさにそうなりました

40歳前は昭和

さんざん言われたものです

「本当の仕事ができるのは40歳からだ」

「それまでは勉強だよ」

また「仕事が面白くなるのは40歳過ぎてからだ」とも

 

この言葉には反発したものです

20代は無我夢中で仕事をしていました

仕事が面白かったものでそれで満足でした

 

30代になった時

大先輩達から「本当の仕事は40代からだ」と言われるのはまだしも

同年代の人たちからも「仕事は40代からだ」と聞くと

遊びの口実で言っているじゃないか

仕事から逃げているだけじゃないかと反発したものです

 

今もその考えに変わりません

 

定年

これも変な言葉です

定年・停年とは、企業や公務に勤める正規雇用者で、ある一定の年齢に達したら仕事を退職・退官する場合のその年齢のこと。またそうした仕組みによって雇用関係が終了し、退職・退官すること。労働者が一定の年齢に達すると自動的に雇用関係が終了する制度を「定年制」という。 ウィキペディア

 

これって機械的に線を引くことですよね

能力、体力、気力、意欲など個人差は無視

ある日の誕生日にその年齢になったからと言って

仕事を辞めさせるって納得できません

 

かたや

いくつになっても仕事にしがみつく人もいます

もう体力の限界はとうに過ぎているのに

欲だけで仕事をし続ける

こんな人もいます

老害社長のことです

若い人は大迷惑

さすがにこれには大反対です

 

じゃぁ、どうすればいいか

分かりませんねぇ~

 

自分で答えを見つけるしか方法は無いのかもしれません

考えることに定年はないので [^^;;

 

ビジネス手帳

富士通でニューイヤー駅伝の優勝旗を紛失したとニュースになっていました

当事者以外は無関心だったのでしょうね

しかし、それを責められません

 

私も経験があります [^^;;

 

まず、2018年1月14日のブログに目を通してください

===ここから

会社の社長を辞めようと思った時、余分な物を持つのもやめようと思いました。

理由はいろいろありますが、一番大きいのはいずれこの世とおさらばするわけで。その時、お金も物も持っていけないでしょ。

ではどうやって物を減らすか。そんなことで、B5手帳なんです。まだ仕事も少々引きずっていますから名刺をいただきます。

美味しいレストランに行ったら橋袋や店舗名刺を、年をとると病院とは縁を切れません病院の予約表や薬の明細、写真もと思いましたが写真はアイフォンなので無し。

旅先のカタログ、後で役に立つかなと取ってある領収書。何でもかんでもこのビジネス手帳に貼り付けます。そんなことでこの手帳に収まらないものは、持たないようにしています。

2018.1114手帳G_0037

そうしてから3年目。そろそろ来年の手帳を用意しなければなりません。父親の年齢まで生きたとしてあと20冊ここに並びます

ずいぶん少ないなぁ~ [^^;;

===ここまで

 

こうして2020年までの5冊になったビジネス手帳を

先日捨てられました

だれが、いつ、どこへ捨てたか分かりません

いわば、富士通状態 [^^;;

で、いまはというと

1冊から始まりです

父親の年齢まで生きたとして、あと15冊です [^^;;

 

 

妊娠中

おは羊ございます

羊の出産予定は来年の1月からなので

あとひと月もありません

羊の妊娠期間は5ケ月

お腹の大きさが目立つ羊たちが

ちらほらの今日このごろです

ね!

分かるでしょ

 

話しは変わって性教育の話です

もちろんその道のプロじゃないので聞き流してもらってokです

 

子どもに

「赤ちゃんは何処から生まれるの?」とか

聞かれたらどう答えますか

その問いを予測して準備している人はいるのかな

ほとんどの人は「@@、・・・・・」でしょうね

 

自分が子供の頃や子育ての頃は

周りにはいつも動物がいました

 

ニワトリの卵が

お尻からポロポロうまれるのを毎日のように見ていました

ヤギが赤ちゃんを産むのも目にしています

ブタも羊もワンちゃんも

 

子どもの頃ですよ

 

どうやったら赤ちゃんがおなかの中にできるのか

これだって

ヤギの交配を見ていたので

なんとなく理解していました

でも小学校4年生頃に

馬の交配を見たときはびっくりしましたが

 

そんな環境の中

あれもこれも

親のひとこと

「人間も一緒だよ」のこの言葉で納得でしたね

 

いまは

身の回りに家畜はいないでしょうから

どうやって教えるのか

・・、・・・・・」  [^^;;

 

 

いのちをいただく

出典:西日本新聞社「いのちをいただく」
著者 内田美智子 諸江和美
監修 佐藤剛史

いのちをいただく

===ここから

【いのちをいただく】
坂本さんは、食肉加工センターに勤めています。牛を殺して、お肉にする仕事です。
坂本さんはこの仕事がずっといやでした。牛を殺す人がいなければ、牛の肉はだれも食べられません。だから、大切な仕事だということは分かっています。でも、殺される牛と目が合うたびに、仕事がいやになるのです。「いつかやめよう、いつかやめよう」と思いながら仕事をしていました。
坂本さんの子どもは、小学3年生です。しのぶ君という男の子です。
ある日、小学校から授業参観のお知らせがありました。これまでは、しのぶ君のお母さんが行っていたのですが、その日は用事があってどうしても行けませんでした。そこで、坂本さんが授業参観に行くことになりました。
いよいよ、参観日がやってきました。
「しのぶは、ちゃんと手を挙げて発表できるやろうか?」
坂本さんは、期待と少しの心配を抱きながら、 小学校の門をくぐりました。
授業参観は、社会科の「いろんな仕事」という授業でした。先生が子どもたち一人一人に「お父さん、お母さんの仕事を知っていますか?」「どんな仕事ですか?」と尋ねていました。
しのぶ君の番になりました。坂本さんはしのぶ君に、自分の仕事についてあまり話したことがありませんでした。何と答えるのだろうと不安に思っていると、しのぶ君は、小さい声で言いました。
「肉屋です。普通の肉屋です」
坂本さんは「そうかぁ」とつぶやきました。
坂本さんが家で新聞を読んでいると、 しのぶ君が帰ってきました。
「お父さんが仕事ばせんと、みんなが肉ば食べれんとやね」
何で急にそんなことを言い出すのだろうと坂本さんが不思議に思って聞き返すと、しのぶ君は学校の帰り際に、 担任の先生に呼び止められてこう言われたというのです。
「坂本、何でお父さんの仕事ば普通の肉屋て言うたとや?」
「ばってん、カッコわるかもん。一回、見たことがあるばってん、血のいっぱいついてからカッコわるかもん…」
「坂本、おまえのお父さんが仕事ばせんと、先生も、坂本も、校長先生も、会社の社長さんも肉ば食べれんとぞ。すごか仕事ぞ。」
しのぶ君はそこまで一気にしゃべり、最後に、「お父さんの仕事はすごかとやね!」と言いました。その言葉を聞いて、坂本さんはもう少し仕事を続けようかなと思いました。
ある日、一日の仕事を終えた坂本さんが事務所で休んでいると、一台のトラックが食肉加工センターの門をくぐってきました。荷台には、明日、殺される予定の牛が積まれていました。
坂本さんが 「明日の牛ばいねぇ…」 と思って見ていると、助手席から十歳くらいの女の子が飛び降りてきました。そして、そのままトラックの荷台に上がっていきました。坂本さんは 「危なかねぇ…」 と思って見ていましたが、しばらくたっても降りてこないので、心配になってトラックに近づいてみました。
すると、女の子が牛に話しかけている声が聞こえてきました。
「みいちゃん、ごめんねぇ。みいちゃん、ごめんねぇ…」
「みいちゃんが肉にならんとお正月が来んて、じいちゃんの言わすけん、みいちゃんば売らんとみんなが暮らせんけん。ごめんねぇ。みいちゃん、ごめんねぇ…」
そう言いながら、一生懸命に牛のお腹をさすっていました。坂本さんは 「見なきゃよかった」 と思いました。
トラックの運転席から 女の子のおじいちゃんが降りてきて、坂本さんに頭を下げました。
「坂本さん、みいちゃんは、この子と一緒に育ちました。だけん、ずっとうちに置いとくつもりでした。ばってん、みいちゃんば売らんと、この子にお年玉も、クリスマスプレゼントも買ってやれんとです。明日は、どうぞ、よろしくお願いします」
坂本さんは、「この仕事はやめよう。もうできん」 と思いました。そして思いついたのが、 明日の仕事を休むことでした。坂本さんは、家に帰り、みいちゃんと女の子のことをしのぶ君に話しました。
「お父さんは、みいちゃんを殺すことはできんけん、明日は仕事を休もうと思っとる…」
そう言うと、しのぶ君は「ふ~ん…」と言ってしばらく黙った後、 テレビに目を移しました。
その夜、 いつものように坂本さんは、しのぶ君と一緒にお風呂に入りました。しのぶ君は坂本さんの背中を流しながら言いました。
「お父さん、やっぱりお父さんがしてやった方がよかよ。心の無か人がしたら、牛が苦しむけん。お父さんがしてやんなっせ」
坂本さんは黙って聞いていましたが、それでも決心は変わりませんでした。
朝、坂本さんは、しのぶ君が小学校に出かけるのを待っていました。
「行ってくるけん!」元気な声と扉を開ける音がしました。
その直後、玄関がまた開いて「お父さん、今日は行かなんよ!わかった?」としのぶ君が叫んでいます。坂本さんは思わず、「おう、わかった」と答えてしまいました。
その声を聞くとしのぶ君は「行ってきまーす!」と走って学校に向かいました。
「あ~あ、子どもと約束したけん、行かなねぇ」とお母さん。
坂本さんは、渋い顔をしながら、仕事へと出かけました。会社に着いても気が重くてしかたがありませんでした。少し早く着いたのでみいちゃんをそっと見に行きました。牛舎に入ると、みいちゃんは、他の牛がするように角を下げて、坂本さんを威嚇するような ポーズをとりました。坂本さんは迷いましたが、 そっと手を出すと、最初は威嚇していたみいちゃんも、しだいに坂本さんの手をくんくんと嗅ぐようになりました。
坂本さんが、
「みいちゃん、ごめんよう。みいちゃんが肉にならんと、みんなが困るけん。ごめんよう…」
と言うと、みいちゃんは、坂本さんに首をこすり付けてきました。それから、坂本さんは、女の子がしていたようにお腹をさすりながら、
「みいちゃん、じっとしとけよ。動いたら急所をはずすけん、そしたら余計苦しかけん、じっとしとけよ。じっとしとけよ」
と言い聞かせました。
牛を殺し解体する、その時が来ました。
坂本さんが、
「じっとしとけよ、みいちゃんじっとしとけよ」
と言うと、みいちゃんは、ちょっとも動きませんでした。その時、みいちゃんの大きな目から 涙がこぼれ落ちてきました。坂本さんは、牛が泣くのを初めて見ました。
そして、坂本さんが、 ピストルのような道具を頭に当てると、みいちゃんは崩れるように倒れ、 少しも動くことはありませんでした。普通は、牛が何かを察して頭を振るので、急所から少しずれることがよくあり、 倒れた後に大暴れするそうです。
次の日、 おじいちゃんが食肉加工センターにやって来て、坂本さんにしみじみとこう言いました。
「坂本さんありがとうございました。昨日、あの肉は少しもらって帰って、 みんなで食べました。孫は泣いて食べませんでしたが、『みいちゃんのおかげでみんなが暮らせるとぞ。食べてやれ。みいちゃんにありがとうと言うて食べてやらな、みいちゃんがかわいそうかろ?食べてやんなっせ。』って言うたら、孫は泣きながら、『みいちゃんいただきます。おいしかぁ、おいしかぁ。』て言うて食べました。ありがとうございました」
坂本さんは、もう少しこの仕事を 続けようと思いました。
ある学校で、保護者の一人から、「給食費を払っているのに、『いただきます』と子どもに言わせるのはおかしい」というクレームがあった、との話を聞いたことがあります。
「なんという常識のない保護者なんだ!」と片付けるのは簡単です。でも、もしもこの保護者が、この話を知っていたとしたら、どうだったでしょう?
現在の食生活は、「命をいただく」というイメージからずいぶん遠くなってきています。そしてその結果、 食べ物が粗末に扱われて、日本での一年間の食べ残し食品は、発展途上国での、何と3300万人分の年間食料に相当するといいます。
私たちは 奪われた命の意味も考えずに、毎日肉を食べています。
動物は、みんな自分の食べ物を自分で獲って生きているのに、人間だけが、自分で直接手を汚すこともなく、坂本さんのような方々の思いも知らないまま、肉を食べています。動物だろうが植物だろうが、どんな生き物であっても、自分の命の限り精いっぱい生き続けたい、そう願って生きているんだと私は思います。
命をいただくことに対しての「思い」。
お肉を食べて「あ~、美味しい。ありがとう」
お野菜を食べて「あ~、美味しい。ありがとう」
そこに生まれる思いはどんな思いでしょう?
お肉を食べて「うぇ~、マズッ!」
お野菜を食べて「うぇ~、マズッ!」
そこに生まれる思いはどんな思いでしょう?
食べ物をいただくとき、そこに尊い命があったことを忘れずに、その命を敬い、感謝の言葉をかけてあげられる人に育ちましょう。
今日もまた、 食べられることへの感謝の言葉、「ありがとうございます。感謝します。いただきます」。
食べているときの「美味しい!」という言葉。
そして食べ終わった後の、「あ~、美味しかった。ありがとうございます。ご馳走さまでした」
という「食べられたこと」への感謝の言葉をかけてあげましょう。もちろん、食べ残しをせずに。
食べ物が、あなたの体を作ります。あなたの体に姿を変えて、あなたの中で生き続けます。そして、体の中からあなたを精いっぱい応援してくれています。あなたができる最高の恩返しは、たくさんの生き物たちから命のバトンを託されたあなたの命を、いっぱいに輝かせること。喜びに満ちた人生を過ごすこと。それが、あなたと共に生きているたくさんの命たちが、いちばん喜ぶことなんです。
みんなの分まで、命いっぱいに輝きましょう!

 

===ここまで

 

家畜飼育の現場からでした [^^;;