ベンツとニッサン

ことしの4月に起こった中国の話しです

 

クレーム処理でベンツは新車へ交換

加えてクレームを起こした女性をドイツへ招待し工場見学

それに

女性の誕生日にベンツ主催で誕生会を開催

 

これを知ったとき

中国人のクレームのつけ方はすごいなと

思ったのですが

よく読むとベンツの代理店の対応のお粗末さが招いたようです

 

1100万円の新車を買って受け取ったら

なんとオイルが漏れていたと

新車に交換を申し込んだら「エンジンを交換しますよ」と

 

そこからが中国人らしいですが

新車のボンネットに座り泣き叫んで

それをネットに上げたとのこと

事件は今年の3月19日

 

思い出しました

45年ほど前でしたが

初めて買った自家用車は日産チェリーでした。

横置きのエンジンが魅力的だったもので

しかし新車で買ったこの車、

1ヶ月位経った頃左のフェンダーの色が変わってきました。

これはフェンダー(変だ)と [^^;;

販売店に聞きました

「何でこんなことになるの?、おかしいしょ」と

担当セールスは「自分で直したでしょ~」と

なおしてはいませんが、

結局私の泣き寝入りです

当時は大金で110万円

なかなか中国人みたいにはいきませんねぇ~

当時は可愛かったもので、

でもいまは徹底的にやりますよ~

でも中国人ほどできるかな

 

ベンツは世界一の会社で

日産は潰れかかり立て直しに入った人を犯罪者扱い

エンジンとフェンダー

1100万円と110万円

違うよなぁ~ [^^;;

 

 

税金を払う人と税金で生活をしている人

おはようございます

他人の批判(悪口)は言わないようにしています

このブログでは [^^;;

でも

たまぁ~に出るんですよね

特に政治家とか公務員の話が

 

この書き出し

先日も書いたような

 

公務員の話をひとつ

今年地方選挙のある町の話です

 

その町は夕張の次に財政再建団体になると言われていました

なぜそんなことになったのか

 

日本の構造変化で人口減少の激しい街に小さな商店出身者の市長が誕生しました

その市長は12年の間に見事に市政を運営し黒字(ほかに言い方があるのかもしれませんが)を残しました

 

次に市の職員組合委員長を経験した人が16年間市長を務めました

で、そうなったわけです

 

世の中には二種類の人種がいます

と、書き始めたらなんか格好いいですよね

これも以前に書いたような、

 

その二種類とは

税金を支払う人と税金をもらう人

まぁ税金を挟んで二つに分けただけですが

 

何が言いたいか

 

税金を使う人が集まる団体の長には

税金を支払う立場にいた人がなるべきだと思うのです

 

先にも書きましたが、税金を使う人だった人がトップに立った時

没落するかも

なぜか

当然のようにお金を使う話は得意です

また、節約の話もできるでしょう

しかし

お金を生む話はできません

不得意です

また、お金を徴収する話もできます

徴収とは、

調べてみました

1 金銭などを取り立てること
2 国または公共団体が国民から租税・手数料・現品などを強制的に取り立てること

と、なっています

つまり、強制的に取り立てる、

足りなければ数字(税率)を変えて

またまた強制的に取り上げる

 

でも、市町村のトップは

雇用を生む

企業を育てる

このようにその地域でお金を生むようにしなければなりません

だから、公務員が知事や市町村トップに立つのは無理だというのです

 

じゃあ経済界から市町村長や知事が出ることが一番かというと

それもどうでしょ

経済人はおおむねお金に汚いですからねぇ~

 

大声で言います、特に私は [^^;;

 

 

団塊の世代

団塊(だんかい)の世代の呼び名は

堺屋太一さんの小説『団塊の世代』から

 

この言葉

知っていてももう少しお付き合いを

 

私は1949年生まれ

小中学校は田舎の学校でさえ一クラス40人弱

当時街の中学校は一クラス50人くらいで10クラスあったとのこと

教室が足りなく体育館を仕切って勉強していたという話も聞きます

 

その後同じ街の高校へ入りました

当時の同級生は8クラス440人くらいが卒業

一クラス50人以上

このころはまだ団塊の世代という言葉は知りませんでしたね

あったのかな

中にいたらその環境も当たり前

ですからなんの不満もありません

当然すべてが競争で

なんでもかんでも競争していたような気がします

そういえば

「隣の芝生が青く見えます」という言葉もありましたよね

 

戦いの世代と言った方がいいかな

人よりいい服を着たい

人よりいい生活を

人よりいい学校へ

人よりたくさんお金を持とう

ということでなんかず~っと肩を

怒らせていたような気がします

 

世の中を作っているのは自分達なんだという気持ちもありますが

『同世代には負けたくない』の気持ちの方が強いですね

ということで、

なんでもかんでも競争しながらと生きていました

 

でも最近思うのです

墓に入る競争は負けてもいいかなと。[^^;;

 

 

また税金のはなしです

税金を払いたくないのは誰でも同じ

税金は痛い話です

その割に

支払った税金の使い道に

ほとんどの人は無頓着ですよね

そればかりか

給料から引き去りされる住民税

この住民税を正確に言えるサラリーマンは少ないのではないでしょうか

 

なぜそうなるか

住民税に関しては支払方法が悪いと思います

住民税を給料引き去りにしないで

もらった給料から自分で納付する

こうすれば通税感が増し

使い道も気になる様になるはずです

その先には

税金の監視のため選挙へ行こうとなる

つまり、投票率のアップに繋がります

 

でも、この通税感

国は通税感が増すことが嫌なのでしょうね

例えば消費税

外税にすると毎回毎回税金を商品代金と別に記入支払いすることになります

それがいやで

消費税は内税にしようとしているのではないでしょうか

通税感が高まると

なんで税金をこんなに払っているのとなり

使い道は?

これって普通の感情です

 

世の中の人を二分すると

税金を支払う人と

税金を使う人に分かれます

まぁ私が言った分けではありませんが

 

税金を使う人は

その使い道に

税金を支払う人からあれこれと口を出してほしくはないのでしょうね

だからそうならないように制度を整備しています

住民税は企業に集金させ

税金を取られていること自体を忘れさせる

消費税も内税にして

どこまでが商品代金でいくらが税金か分かりにくいようにする

 

おおむね税金を使う人は頭が良く

税金を支払う人はいつも騙されている

これも私が言った訳ではありませんが

 

と、こんなことを大声で言える日本は素晴らしい [^^;;

 

 

相続税のこと

昨夕の話

眠る際の愛読書

いまは週刊現代

記事にカレーハウスCoCo壱番屋の宗次徳二さんが載っていました

子どものころは貧乏で

リンゴ箱を学習机にしていたとのこと

叫ぶところでした、おんなじだ、と

そう思ったのはそこだけで

ちょっと違うのが

1歳年上なのと

大きく違うのは

220億円の資産家になったこと

さてさて相続税はどの位になるのか

 

ということで遠回りになりましたが

相続税のはなし

詳しいことは専門家に譲るとして

ちと疑問を

 

いまは贅沢をしない、

また無駄づかいをせずに

普通に生活しても結構なお金がたまるものです

それが4年前に相続税の基礎控除額などが変更なりました

その結果

普通に生活していても相続税支払いの対象になる人が増えているはずです

 

いざその段になって

え~~、なんで私が、

こんなにぃ~

と、思う人もいるでしょうね

 

そもそも相続税ってなんであるのか

私が知っているのは、

富の再分配と働かないで得たお金、

つまり相続税が不労所得になるので

税として召し上げる

腹痛くねぇ~

じゃなく払いたくねぇ~ [^^;;

が、普通の感情

でも、よく考えてみたら

それでも最低基礎控除分は残りますよね

 

でも、

一般的には道楽息子に不労所得が発生すれば

無駄に使うものです

だとしたら

日本の経済にとっては

相続税として取り上げるより

ドラ息子に全部相続させたほうが

世間にお金はまわるように思いますけどね [^^;;

 

 

ハラスメント

カスタマーハラスメント(カスハラ)とクレーマーの違い

調べてみると

クレーマーとは商品の欠陥を指摘するなど

原因となる理由がありそれに対して苦情を大きく言う人

カスハラとは理由にもならない苦情をくどくどと言う人

こんな感じでしょうか

 

もう10年以上の前のことです

ビール会社の経営する〇〇ビール園でのこと

 

友人とジンギスカンを食べにいきました

で、その中の一品に味がまるで無い物がありました

で、それを残しレジへ

その時『これを言うとどう対応するのかな』と考えながら

「一品だけ食べられないまずい物がありました」と

続けて「ですからこの商品だけお金を払いません」

レジ担当者は困ったのでしょうね

少しお待ちくださいと

店長と相談しに行ったようです

すぐ戻り「分かりました。その商品のお金はいただきません」とのこと

この対応は想定外

期待していたのは客へのクレーム対応です

「申し訳ありませんでした。どのように満足いただけなかったのでしょうか」とのことば

言いたかったのは『味がしませんでしたよ』です

もちろんそれを確認した後

お金を支払うつもりでした

いま考えると

いまでいうクレーマーに私がなったのでしょうね

ここでくどくどとその商品以外のことを言い始めると

私がカスハラをしたことに

 

カスハラ セクハラ・パワハラ・マタハラ・アカハラ

これからハラス言葉はまだまだ出てきそうです

これってハラス言葉で気分を晴らす人も沢山いるということかな [^^;;

 

 

足りない物というか、こと

先日の父の遺品整理の話

話がそれてしまいました

 

実は、

人間はなんと不要なものを残しているのか

また、持っているのか

と、いうことを書こうとしていたのです

 

捨てても捨てても不要なものがある

これをお金に換算すると

どれほどの金額になるのか

家の中にあるもので、

購入しなかったものは

ありません

 

ゴミさえも

 

というのも、

ゴミといえども、

もとは必要で購入し

その後使わなくなったものとか

使う物の不要な部分がゴミですよね

例えば、入れてきた箱や

衝撃吸収材とか

しかも、そのゴミも今は捨てることにお金がかかりますから

これじゃ捨てるというより

ゴミを買ってもらう

ん?

こちらがお金を出しているので、

ゴミを渡す権利を買うかな、

ん?

まっ、どうでもいいけれど

いずれにしてもゴミにもお金がかかるという話です

 

断捨離とは、ウィキペディアから https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%AD%E6%8D%A8%E9%9B%A2

断:入ってくるいらない物を断つ。
捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。
離:物への執着から離れる。

 

購入してから不要になったものを捨てるより、

そもそも購入しなければもっと良い、

というのが私の意見ですが

そんなこと簡単にはできそうにありません

でも、ほとんどの人は

ずいぶん余分なものを持っていますよ~

 

我が家で言いうと

夫婦二人で椅子は十脚は有ります

茶碗などの食器は数十個

箸数十膳

それで足りずに割りばしは100膳入りが一袋

体は一つなのに洋服に至っては季節無視すると30着ほど

靴も10足はあるかな

下着に至っては、

数十個

いやいや数百個はあります

そういえば旅行用のスーツケースなんかも

壊れたものを入れると7個ありました

 

必要なもの以外は全部ゴミじゃねっ

 

こんなにゴミともいえる不要なものは沢山あるのに

無いというか、足りない物は

残りの人生とお金、なんてね [^^;;

 

 

遺品整理

父が亡くなってから3年経ちました

日々記憶が薄れていきますね

これが普通だとは思いますが

ちと寂しい気もします

 

でも、よかったことも

 

実は無くなった当初

遺品の整理ができませんでした

兄弟4人なので

「この中から好きなものを持って行っていいよ」と

自分より先に

しかし、衣装ケース1個分減ったのと

写真と

父の描いた絵と

そのくらいです

で、整理しようと手を付けました

部屋に入り捨てようと手を付けましたが

最初の半年は

あれもこれも

・・・・・捨てられないと

そのまま

 

こんどこそ捨てようと

それから一年経ったときも

ほとんど捨てられませんでした

 

破れたズボンでも平気で履く人でした

下着が古くなり黄ばんでもそのまま着ていました

長靴の片方に穴が開いたら

別な靴の片側良いものと合せて履くような人です

必要なものはもちろん

不要なものでも捨てません

若いころは外食へも行ったことは在りませんでしたね

 

そんな生活をしていた人でも

捨てようとタンスを開けると

袖も通していないような背広が数着ありました

下駄箱を開けると五足

下着類は衣装ケースに五個

衣類は6畳間一杯ほどあります

趣味の本が数百冊

川柳と書道と絵が趣味でした

 

結婚してから70年

現在地に住まいしていました

一度新築した時に引っ越し、

ではなく100m移動したのみです

ですから物は有って当たり前なのですが

 

でも、お金はけっこう使っていましたね

分家したので

お墓に数百万

私はお陰様でお墓にお金をかける必要は在りません

菩提寺に数百万円寄付

これは知らなかったけれど

自分の趣味の茶室にこれまた数百万円

実はこの処分に困っているのです

なぜなら解体撤去に300万円ほどかかりそうなので

なんと建物は資産ではなく負債なんですね

 

ということで、

それからもう一年

記憶が薄れてきたので

やっと捨てることができるようになりました

と言っても捨てたのは衣装ケース三個ほど [^^;;

 

 

100万円

ゾゾタウンの前沢牛

じゃなかった、前沢さん(ゴメンナサイ、肉屋なもので)

お年玉として

100人に100万円

つまり1億円を配るとのこと

すげっ

 

これに対して

卑しいお金の使い方だとか

ばらまきだとの批判が巻き起こっていますが

でも、それもいいんじゃない、

というのが私の意見

 

なぜなら

1億円の広告もお金

品物を配るのもお金

景品の旅行もお金

現金はもちろんお金ですが

なぜ現金だけ批判されなければならないのか

そこが分かりません

 

それより

お金持ちのばらまきだと批判する方に

言いたいことがあります

ただでくれろという人のほうが

よほど卑しいんじゃないかと思うのですが

 

寄付するよ、という人もいますが

寄付をたかる人のほうが嫌だな

と、私は考えますが

これって間違っているの

 

道端の物乞いより

その人たちにお金を差し上げる人のほうが

悪いかなぁ~

 

そんな私は

ブログの読者に100万円どころか

100円も差し上げられないので、言いう資格はないかも [^^;;

 

 

エンディングノート

今年5月には70歳に なります

いつ死ぬか分かっていれば何の問題もありませんが

わからないから困るのです

 

死ぬ時が分かれば準備できます

そう考えると

余命宣告されることも

違った角度から見ると

つらいけれど意味があるかもしれません

 

いずれにしても死ぬ自分には問題は少ないですね

でも、残された家族は大問題です

 

3年前に父が亡くなりました

今考えると

身の回りの整理は10年くらいかけてやっていたようですが、

それでも、

無くなった後は大変でした

 

ですから、

私も父の例に倣い身の回りを整理しておこうと考えて

一昨年エンディングノートなる物を買いました

年が明け昨年は一つも手を付けていません

 

今年は何とかそれを整理しようと

思うお正月でした

 

さて、ウィキペディアによると、エンディングノートとは、

高齢者が人生の終末期に迎える死に備えて自身の希望を書き留めておくノートと出ています
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88

ここでの疑問は高齢者って何歳から?

私はいつから書けばいいの?

まぁ屁理屈ですが

 

屁理屈をもう一つ

自分の葬儀に関してはあれこれと注文を付けるつもりは在りません

葬儀の主役は自分ですが

葬儀の主催者は喪主ですから

いまから希望を書きおいてもその通りになるとも思えませんので

 

だからエンディングノートは不要かなとも考えましたが

 

そうはいっても、少ないとはいえ少しの現金もあります

土地、建物も

だから相続に関しては書き残さなければならないかなと

いまは考えています

あっ、そうそう、

これだけはというのは一つだけあります

それは病気になったとき、

延命措置は絶対お断りします

 

と、ここまで書いて気が付きました

この記事って、エンディングノート? [^^;;