九死に一生 その3

このタイトルで3回目ですから、九死に一生より死に損なったことの方が当たっているかもしれません。

 

今日はバスに敷かれそうになった話しです。

それは高校2年生の時。

私が通う赤平西高校までは2.5kmほどの通学距離。

1年はバス通でしたが、2年になり親に無理に頼み込んで3段切り替えの自転車で通学していました。

 

学校までは自宅から500m下り坂、そのあと500m登って、そこから1.5kmほどだらだらとした下り坂で、100m登って高校です。

で、事件は夏休み前。

その登校中のだらだらとした下り坂は、同じ方向の何台かの自転車が抜きつぬかれつの楽しい時間です。

しかし私は数日前からその一台の1学年先輩に、何かと嫌がらせを受けていました。

問題の日、坂道の中ほど過ぎたバスの停留所の近くで、1個先輩の嫌がらせも頂点でしでした。

先輩のY敷さんは、私の自転車の行く手をふさぐようにみぎひだりと前輪すれすれに何回も横切ります。

で、とうとう私の前輪はそのY敷さんの後輪にとられ、自転車と体ごと左前に投げ出されたのです。

したたか頭を打ったのでしょう、それから半日記憶は無し。

 

数日後に聞いた話を総合すると、自転車ごと転がりながらバスの前輪の前にもぐりこんで行ったとのこと。

急ブレーキをかけたバスの車輪まであと1m。

その時たまたま通りかかった中学校の相原先生に赤平市立病院へ運ばれて治療されたようです。

 

そのあと午後3時ころでしょうか、私は意識がボヤ~っとした中で外でタチションをしている所で意識は戻っていきました。

で、ふと見ると20mほど先で、父と母が畑の草を獲っているのです。

それまで親といえども一度も下半身を露出させのタチションはありません。

後から聞くと、その日は何度もそんな風にタチションをしていたようです。

そんな姿をみた父は『死ぬまでこのままなんだろう』と覚悟を決めたようです。

 

その後遺症か、いまでも雨降りの前になると頭が痛くなります。

 

資金繰りが良くなっても頭が痛いのはこのせいでしょうね。[^^;;

 

追伸

もうY敷さんには何の恨みも持っていません。また、あまり好きでなかった相原先生には心から感謝しています。

あともう一つ。貧乏の中でせっかく新車の自転車(35000円くらい。それは当時の我が家の1ケ月分の生活費でした)を買ってくれたのに、廃車にして両親には申し訳ないことをしました。