命が掛かったときの選択基準

一昨日、安いものを求める人がいる限り、供給する側は他社より1円でも安く提供すると、書きました。

加えて、問題を起こした供給企業は論外としても、消費する日本国民にも責任の一端はあるのだとも。

 

この考えに変更はありませんが、気が付いたのです。

自分の命がかかったら、1円でも安くとは言いません。

例えば、重い病気になり、手術が必要だと。

こんなとき、わが町の病院より隣町の病院の方が安いから、隣り町で手術をすると、こうは考えませんよね。

もっとも、病院によって手術代金が違うかどうかわ分かりませんが、そこは無視してください。

選ぶ基準は手術が成功するかどうか。

つまり医者がやぶか、腕が良いか、これだけです。

簡単にいうと品質の良しあし。

 

でも、食べ物も命に係わるのになんで価格だけが選択基準なのでしょう。

同じお金の支払いなのに。

なんでかな。

 

考えてみました。

手術は一つの課題であり、短期的に命に係わることですから、分かりやすいのではないかと思うのです。

食べ物は、沢山の種類で成り立ち結果が出るまで一生もの時間がかかるので、想像がつかないのではないでしょうか。

 

いま危ないよと、50年後に死ぬかもじゃ、とらえ方は違いますよね。[^^;;