念仏坂の話し

念仏坂で検索すると

東京や神奈川の地図に4ケ所の印が掲示されました

たぶん日本中に有るんでしょうね

 

赤平市にも念仏坂が有りました

いまは坂の頂上が削り取られだいぶ低くなったので

いつしか念仏坂の呼び名も使われなくなりましたが

 

私が小学校へ入るころの話です

当時母は20代の後半

リヤカーに野菜や卵を積んで

5kmほど離れた炭住(石炭を掘る坑夫が住む6軒長屋)へ売りに行っていました

自宅を出てから400mほどは下り坂

そこが念仏坂のふもとで

そこからリヤカーを引くのは厳しかったでしょうね

急坂の砂利道でしたから

 

あるとき

通りかかったオート三輪車が

見るに見かねたのでしょうね

そのオート三輪車にリヤカーを繋ぎ

引いて走ってくれたとのことです

念仏坂の頂上まで1km

砂利道ですよ

 

頂上からは下り坂

母な助かったと感謝したことでしょう

5kmほど先のお客さんのところへ行って

さて卵を売ろうとしたら

全部割れていたとのこと

 

どんな気持ちだったでしょうね

毎日産む卵をこつこつ貯めて数十個

金額にして500円ほどです

それが私た親子5人の生活費です

現金収入はそれしかありません

 

帰宅してから父の激怒

でも、後の祭り

 

運転手さんの助けがあだとなったのですが

もちろん運転手さんに何の落ち度も有りません

 

言い方を変えると

小さな親切大きな迷惑かな

でもやっぱり運転手さんに非はありませんね

 

じゃ母に、

やっぱり間違いはなかったではと思います

なんにしても

私にとっては

ちょっと切ない話です [^^;;