昨日11月1日のこと。
自分の母校がなくなるって、どうなの?。
そんなことを考えながら、北海道赤平高等学校(私の在校時は北海道赤平西高等学校でした)の閉校記念式典に出席してきました。
ある人に「お前が来るとは、似合わないな」と言われましたが。
私もそう思います。[^^;;
私の最終学歴は北海道赤平西高等学校卒業です。
さて、ではなぜその高校を選んだか。
中学3年生の時、進路相談で担任のN先生に「高校は近くで良いのだ」、続けて「良い高校を出たというのは無駄だ。私が卒業したから良い高校なのだと言ってもらえるような人間になれ」。
この言葉を強烈な記憶として覚えています。
自分自身も、また二人の子供たちも同じ理由で赤平高校へ進学させました。
近くだから。
もっとも、その先生に教授されたような人生を送っていると大きな声で言えないのは残念ですが。
教育目標[編集]
個性の伸長と人格の形成に努める
教養を高め、創造的思考力の涵養に努める
心身の健全な発達に努める
校訓[編集]
誠意を持ち常に正しきを採れ
明朗にして自己を開拓するに勇敢なれ
知性を磨き真理に謙虚たれ
沿革[編集]
1949年 5月1日 – 北海道滝川女子高等学校(現在の滝川高)の赤平分校及び同分校茂尻分教室として開校。
1949年 11月1日 – 北海道赤平高等学校(赤平町立)として独立、茂尻分教室を茂尻分校と改称する。
1953年 3月31日 – 道立に移管される。
1953年 4月1日 – 茂尻分校が北海道赤平茂尻高等学校(後の赤平東高)として独立する。
1965年 4月1日 – 北海道赤平西高等学校と改称
1989年 4月1日 – 北海道赤平東高等学校(1990年閉校)との統合により北海道赤平高等学校と改称
上記はウィキペディアからの抜粋です。
校歌や逍遥歌(文字は違うかな)は、かろうじて覚えていますが、当時の校訓は記憶にありません。
出来の悪い生徒だったと反省しながらの式典でしたが、教育される方だからそれで良いのかな。
と一言、自己弁護もかねて。
さて、あらためて高校の歴史を読むと、なんと私の誕生日と生年月まで同じです。
つまり、私の年齢と同じ。
でも、私はまだ閉じません。[^^;;