一杯の掛けそば

これを読むのは5回目かな

 

この物語は

実話をもとにしたが違ったとか

作者が不祥事を起こしたとか

色々批判も有りますが

私は大好きです

 

色々なことが有ったのは承知しても

読むとじ~んと来ますよね [;;]

 

一杯のかけそば(栗良平、1988年、栗っ子の会)

この物語は、今から15年ほど前の12月31日、札幌の街にあるそば屋
「北海亭」での出来事から始まる。
そば屋にとって一番のかき入れ時は大晦日である。
北海亭もこの日ばかりは朝からてんてこ舞の忙しさだった。いつもは夜の
12時過ぎまで賑やかな表通りだが、夕方になるにつれ家路につく人々の足
も速くなる。10時を回ると北海亭の客足もぱったりと止まる。
頃合いを見計らって、人はいいのだが無愛想な主人に代わって、常連客か
ら女将さんと呼ばれているその妻は、忙しかった1日をねぎらう、大入り袋
と土産のそばを持たせて、パートタイムの従業員を帰した。
最後の客が店を出たところで、そろそろ表の暖簾を下げようかと話をして
いた時、入口の戸がガラガラガラと力無く開いて、2人の子どもを連れた女
性が入ってきた。6歳と10歳くらいの男の子は真新しい揃いのトレーニン
グウェア姿で、女性は季節はずれのチェックの半コートを着ていた。
「いらっしゃいませ!」
と迎える女将に、その女性はおずおずと言った。
「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」
後ろでは、2人の子ども達が心配顔で見上げている。
「えっ……えぇどうぞ。どうぞこちらへ」
暖房に近い2番テーブルへ案内しながら、カウンターの奥に向かって、
「かけ1丁!」
と声をかける。それを受けた主人は、チラリと3人連れに目をやりながら、
「あいよっ! かけ1丁!」
とこたえ、玉そば1個と、さらに半個を加えてゆでる。
玉そば1個で1人前の量である。客と妻に悟られぬサービスで、大盛りの
分量のそばがゆであがる。
テーブルに出された1杯のかけそばを囲んで、額を寄せあって食べている
3人の話し声がカウンターの中までかすかに届く。
「おいしいね」
と兄。
「お母さんもお食べよ」
と1本のそばをつまんで母親の口に持っていく弟。
やがて食べ終え、150円の代金を支払い、「ごちそうさまでした」と頭を
下げて出ていく母子3人に、
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
と声を合わせる主人と女将。

新しい年を迎えた北海亭は、相変わらずの忙しい毎日の中で1年が過ぎ、
再び12月31日がやってきた。
前年以上の猫の手も借りたいような1日が終わり、10時を過ぎたところ
で、店を閉めようとしたとき、ガラガラガラと戸が開いて、2人の男の子を
連れた女性が入ってきた。
女将は女性の着ているチェックの半コートを見て、1年前の大晦日、最後
の客を思いだした。
「あのー……かけそば……1人前なのですが……よろしいでしょうか」
「どうぞどうぞ。こちらへ」
女将は、昨年と同じ2番テーブルへ案内しながら、
「かけ1丁!」
と大きな声をかける。
「あいよっ! かけ1丁」
と主人はこたえながら、消したばかりのコンロに火を入れる。
「ねえお前さん、サービスということで3人前、出して上げようよ」
そっと耳打ちする女将に、
「だめだだめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ」
と言いながら玉そば1つ半をゆで上げる夫を見て、
「お前さん、仏頂面してるけどいいとこあるねえ」
とほほ笑む妻に対し、相変わらずだまって盛りつけをする主人である。
テーブルの上の、1杯のそばを囲んだ母子3人の会話が、カウンターの中
と外の2人に聞こえる。
「……おいしいね……」
「今年も北海亭のおそば食べれたね」
「来年も食べれるといいね……」
食べ終えて、150円を支払い、出ていく3人の後ろ姿に
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
その日、何十回とくり返した言葉で送り出した。

商売繁盛のうちに迎えたその翌年の大晦日の夜、北海亭の主人と女将は、
たがいに口にこそ出さないが、九時半を過ぎた頃より、そわそわと落ち着か
ない。
10時を回ったところで従業員を帰した主人は、壁に下げてあるメニュー
札を次々と裏返した。今年の夏に値上げして「かけそば200円」と書かれ
ていたメニュー札が、150円に早変わりしていた。
2番テーブルの上には、すでに30分も前から「予約席」の札が女将の手
で置かれていた。
10時半になって、店内の客足がとぎれるのを待っていたかのように、母
と子の3人連れが入ってきた。
兄は中学生の制服、弟は去年兄が着ていた大きめのジャンパーを着ていた。
2人とも見違えるほどに成長していたが、母親は色あせたあのチェックの半
コート姿のままだった。
「いらっしゃいませ!」
と笑顔で迎える女将に、母親はおずおずと言う。
「あのー……かけそば……2人前なのですが……よろしいでしょうか」
「えっ……どうぞどうぞ。さぁこちらへ」
と2番テーブルへ案内しながら、そこにあった「予約席」の札を何気なく
隠し、カウンターに向かって
「かけ2丁!」
それを受けて
「あいよっ! かけ2丁!」
とこたえた主人は、玉そば3個を湯の中にほうり込んだ。
2杯のかけそばを互いに食べあう母子3人の明るい笑い声が聞こえ、話も
弾んでいるのがわかる。カウンターの中で思わず目と目を見交わしてほほ笑
む女将と、例の仏頂面のまま「うん、うん」とうなずく主人である。
「お兄ちゃん、淳ちゃん……今日は2人に、お母さんからお礼が言いたいの」
「……お礼って……どうしたの」
「実はね、死んだお父さんが起こした事故で、8人もの人にけがをさせ迷惑
をかけてしまったんだけど……保険などでも支払いできなかった分を、毎月
5万円ずつ払い続けていたの」
「うん、知っていたよ」
女将と主人は身動きしないで、じっと聞いている。
「支払いは年明けの3月までになっていたけど、実は今日、ぜんぶ支払いを
済ますことができたの」
「えっ! ほんとう、お母さん!」
「ええ、ほんとうよ。お兄ちゃんは新聞配達をしてがんばってくれてるし、
淳ちゃんがお買い物や夕飯のしたくを毎日してくれたおかげで、お母さん安
心して働くことができたの。よくがんばったからって、会社から特別手当を
いただいたの。それで支払いをぜんぶ終わらすことができたの」
「お母さん! お兄ちゃん! よかったね! でも、これからも、夕飯のし
たくはボクがするよ」
「ボクも新聞配達、続けるよ。淳! がんばろうな!」
「ありがとう。ほんとうにありがとう」
「今だから言えるけど、淳とボク、お母さんに内緒にしていた事があるんだ。
それはね……11月の日曜日、淳の授業参観の案内が、学校からあったでし
ょう。……あのとき、淳はもう1通、先生からの手紙をあずかってきてたん
だ。淳の書いた作文が北海道の代表に選ばれて、全国コンクールに出品され
ることになったので、参観日に、その作文を淳に読んでもらうって。先生か
らの手紙をお母さんに見せれば……むりして会社を休むのわかるから、淳、
それを隠したんだ。そのこと淳の友だちから聞いたものだから……ボクが参
観日に行ったんだ」
「そう……そうだったの……それで」
「先生が、あなたは将来どんな人になりたいですか、という題で、全員に作
文を書いてもらいましたところ、淳くんは、『一杯のかけそば』という題で書
いてくれました。これからその作文を読んでもらいますって。『一杯のかけそ
ば』って聞いただけで北海亭でのことだとわかったから……淳のヤツなんで
そんな恥ずかしいことを書くんだ! と心の中で思ったんだ。
作文はね……お父さんが、交通事故で死んでしまい、たくさんの借金が残
ったこと、お母さんが、朝早くから夜遅くまで働いていること、ボクが朝刊
夕刊の配達に行っていることなど……ぜんぶ読みあげたんだ。
そして12月31日の夜、3人で食べた1杯のかけそばが、とてもおいし
かったこと。……3人でたった1杯しか頼まないのに、おそば屋のおじさん
とおばさんは、ありがとうございました! どうかよいお年を!って大きな
声をかけてくれたこと。その声は……負けるなよ! 頑張れよ! 生きるんだ
よ!って言ってるような気がしたって。それで淳は、大人になったら、お客
さんに、頑張ってね! 幸せにね!って思いを込めて、ありがとうございま
した! と言える日本一の、おそば屋さんになります。って大きな声で読み
あげたんだよ」
カウンターの中で、聞き耳を立てていたはずの主人と女将の姿が見えない。
カウンターの奥にしゃがみ込んだ2人は、1本のタオルの端を互いに引っ
張り合うようにつかんで、こらえきれず溢れ出る涙を拭っていた。
「作文を読み終わったとき、先生が、淳くんのお兄さんがお母さんにかわっ
て来てくださってますので、ここで挨拶をしていただきましょうって……」
「まぁ、それで、お兄ちゃんどうしたの」
「突然言われたので、初めは言葉が出なかったけど……皆さん、いつも淳と
仲よくしてくれてありがとう。……弟は、毎日夕飯のしたくをしています。
それでクラブ活動の途中で帰るので、迷惑をかけていると思います。今、弟
が『一杯のかけそば』と読み始めたとき……ぼくは恥ずかしいと思いました。
……でも、胸を張って大きな声で読みあげている弟を見ているうちに、1杯
のかけそばを恥ずかしいと思う、その心のほうが恥ずかしいことだと思いま
した。
あの時……1杯のかけそばを頼んでくれた母の勇気を、忘れてはいけない
と思います。……兄弟、力を合わせ、母を守っていきます。……これからも
淳と仲よくして下さい、って言ったんだ」
しんみりと、互いに手を握ったり、笑い転げるようにして肩を叩きあった
り、昨年までとは、打って変わった楽しげな年越しそばを食べ終え、300
円を支払い「ごちそうさまでした」と、深々と頭を下げて出て行く3人を、
主人と女将は1年を締めくくる大きな声で、
「ありがとうございました! どうかよいお年を!」
と送り出した。

また1年が過ぎて――。
北海亭では、夜の9時過ぎから「予約席」の札を2番テーブルの上に置い
て待ちに待ったが、あの母子3人は現れなかった。
次の年も、さらに次の年も、2番テーブルを空けて待ったが、3人は現れ
なかった。
北海亭は商売繁盛のなかで、店内改装をすることになり、テーブルや椅子
も新しくしたが、あの2番テーブルだけはそのまま残した。
真新しいテーブルが並ぶなかで、1脚だけ古いテーブルが中央に置かれて
いる。
「どうしてこれがここに」
と不思議がる客に、主人と女将は『一杯のかけそば』のことを話し、この
テーブルを見ては自分たちの励みにしている、いつの日か、あの3人のお客
さんが、来てくださるかも知れない、その時、このテーブルで迎えたい、と
説明していた。
その話が「幸せのテーブル」として、客から客へと伝わった。わざわざ遠
くから訪ねてきて、そばを食べていく女学生がいたり、そのテーブルが、空
くのを待って注文をする若いカップルがいたりで、なかなかの人気を呼んで
いた。

それから更に、数年の歳月が流れた12月31日の夜のことである。北海
亭には同じ町内の商店会のメンバーで家族同然のつきあいをしている仲間達
がそれぞれの店じまいを終え集まってきていた。北海亭で年越しそばを食べ
た後、除夜の鐘の音を聞きながら仲間とその家族がそろって近くの神社へ初
詣に行くのが5~6年前からの恒例となっていた。
この夜も9時半過ぎに、魚屋の夫婦が刺身を盛り合わせた大皿を両手に持
って入って来たのが合図だったかのように、いつもの仲間30人余りが酒や
肴を手に次々と北海亭に集まってきた。「幸せの2番テーブル」の物語の由来
を知っている仲間達のこと、互いに口にこそ出さないが、おそらく今年も空
いたまま新年を迎えるであろう「大晦日10時過ぎの予約席」をそっとした
まま、窮屈な小上がりの席を全員が少しずつ身体をずらせて遅れてきた仲間
を招き入れていた。
海水浴のエピソード、孫が生まれた話、大売り出しの話。賑やかさが頂点
に達した10時過ぎ、入口の戸がガラガラガラと開いた。幾人かの視線が入
口に向けられ、全員が押し黙る。北海亭の主人と女将以外は誰も会ったこと
のない、あの「幸せの2番テーブル」の物語に出てくる薄手のチェックの半
コートを着た若い母親と幼い二人の男の子を誰しもが想像するが、入ってき
たのはスーツを着てオーバーを手にした二人の青年だった。ホッとした溜め
息が漏れ、賑やかさが戻る。女将が申し訳なさそうな顔で
「あいにく、満席なものですから」
断ろうとしたその時、和服姿の婦人が深々と頭を下げ入ってきて二人の青
年の間に立った。店内にいる全ての者が息を呑んで聞き耳を立てる。
「あのー……かけそば……3人前なのですが……よろしいでしょうか」
その声を聞いて女将の顔色が変わる。十数年の歳月を瞬時に押しのけ、あ
の日の若い母親と幼い二人の姿が目の前の3人と重なる。カウンターの中か
ら目を見開いてにらみ付けている主人と今入ってきた3人の客とを交互に指
さしながら
「あの……あの……、おまえさん」
と、おろおろしている女将に青年の一人が言った。
「私達は14年前の大晦日の夜、親子3人で1人前のかけそばを注文した者
です。あの時、一杯のかけそばに励まされ、3人手を取り合って生き抜くこ
とが出来ました。その後、母の実家があります滋賀県へ越しました。私は今
年、医師の国家試験に合格しまして京都の大学病院に小児科医の卵として勤
めておりますが、年明け4月より札幌の総合病院で勤務することになりまし
た。その病院への挨拶と父のお墓への報告を兼ね、おそば屋さんにはなりま
せんでしたが、京都の銀行に勤める弟と相談をしまして、今までの人生の中
で最高の贅沢を計画しました。それは大晦日に母と3人で札幌の北海亭さん
を訪ね、3人前のかけそばを頼むことでした」
うなずきながら聞いていた女将と主人の目からどっと涙があふれ出る。入
口に近いテーブルに陣取っていた八百屋の大将がそばを口に含んだまま聞い
ていたが、そのままゴクッと飲み込んで立ち上がり
「おいおい、女将さん。何してんだよお。10年間この日のために用意して
待ちに待った『大晦日10時過ぎの予約席』じゃないか。ご案内だよ。ご案
内」
八百屋に肩をぽんと叩かれ、気を取り直した女将は
「ようこそ、さあどうぞ。 おまえさん、2番テーブルかけ3丁!」
仏頂面を涙でぬらした主人、
「あいよっ! かけ3丁!」
期せずして上がる歓声と拍手の店の外では、先程までちらついていた雪も
やみ、新雪にはね返った窓明かりが照らしだす『北海亭』と書かれた暖簾を、
ほんの一足早く吹く睦月の風が揺らしていた。

 

ねっ、[^^;;

 

鳥インフルエンザのはなし

地方統一選挙が近いですよね

時局講演会と言うのが有って行ってきました

 

北海道の知事は鈴木直道さんです

 

で、その選挙の話しではなく

鳥インフルエンザの話です

北海道知事名で緊急消毒命令と言うのが出されました

畜舎に入るとき靴を履き替えろとか

畜舎に入るとき手をアルコール消毒せよとか

外部から来た車のタイヤなどを消毒せよとか

あと幾つかあったけど [^^;;

 

鳥インフルエンザに罹ったら一大事と

考えたら夜も眠れません

昼寝をしてしのぎますが [^^;;

 

これって

知事に命令されなくても

自分の経営に直にかかわってくる大問題なので

完璧にやっています

が、

なんせ見えない敵との闘いですから

どこまでやって良いものか

戦いですから勝たねばなりません

でも、勝とはどういうことでしょう

消毒をばっちりして

鳥インフルエンザに罹らなかったら勝ったことになるとは思いますが

でも、

鳥インフルエンザに罹らないという事は

普通の状態であります

これって勝ったことになるのでしょうか

 

1600万羽も鳥インフルエンザになってこれ全部を淘汰

日本国民は卵が上がって大変ですね

 

そう思ってネットを見ていたら

USAでも5000万羽も鳥インフルエンザで淘汰したようです

卵の値段が去年の2月と比較して4倍だって

メキシコから卵を密輸している者もいるとか

 

不謹慎なことを言うようですが

鳥インフルエンザに罹った農場は全部淘汰ですから大変でしょうが

鳥インフルエンザをしのいだ養鶏場は

エサの値上がりは有ったにしても

卵の価格は上がっているので

・・・・言わぬが花かな [^^;;

 

 

ロケットとミサイル

ロケットとミサイルは何が違うのでしょうか

 

気になる人は自分で調べてください

私は気にならないので

このまま話を進めます

 

日本の宇宙航空研究開発機構は

次世代ロケットの試験1号機の打ち上げを失敗しました

でも

最高到達高度は600kmちょっととのこと

凄いですね~

 

っと思いましたが

ちょっと待てよと、キムタク風に [^^;;

 

お隣の国

北朝鮮のミサイルは最高高度は

日本の10倍の6000km

って言うじゃないと、羽田陽区風に [^^;;

 

え~~~、北朝鮮に負けてるの

 

こりゃダメだと、いかりや長介風に [^^;;

 

 

不審車

我が家の前の道路は通り抜けできません

ここで行き止まりなのです

あれ?、と思うような車を見たら写真を取っておきます

そのまま帰れば何の問題も有りませんが

車から降りて

あたりを見回すものもいるので

 

いまは物騒な世の中です(前からですが)

そんなことで

防犯対策は監視カメラなどを設置

万全を期しているつもりです

 

我が家では

子供の頃は鍵をかけていませんでした

父が言うには

我が町は安全だからカギをかけていない

というわけではなかったのです

母が「鍵をかけないと危ないのでカギをかけよう」と父へ言ったことが有ります

返事は

「ここまで来て強盗するやつは、カギをかけようがどんなことをしても入るね」です

その言葉が頭から離れません

いまは鍵をかけていますよ

 

父はこうも言っていました

「隣近所と離れているので強盗が入ったらまず殺されるだろうね」とも

(いまは隣近所がありますし防犯ベルも着けています)

という事で

強盗が入ったら戦うつもりです

 

という事で

強盗さん

もしここを読んでいたら

我が家にはこないでください [^^;;

 

 

食事とエサ

餌とは、と調べると

動物を飼育や捕獲するための食物と出てきました

食事とは、で調べると

(生存に必要な栄養を取るために)毎日習慣的に物を食うこと、となっています

 

もう一つ

エサは人が動物に与える物

食事は人が自分の意思で体に取り入れる物

こう思うわけです

 

牛丼チェーンの牛どん

ハンバーグチェーンのハンバーグ

うどんチェーンのうどん

蕎麦チェーンの蕎麦

ドーナッツチェーンのドーナッツ

などなど

 

私が思うにこれらはエサですね

 

店の名前は出せませんでした

怒られるので

 

家畜を飼育していると

良く思うのです

チェーン店の食事は家畜と同じだなと

これって餌だなと [^^;;

 

 

北海地鶏の孵化

北海道が開発した地鶏で北海地鶏があります

いま株式会社アイマトンでは地鶏生産に取り組んでいますが

世間は鳥インフルエンザ蔓延で大混乱

 

そんな中での北海地鶏赤平火をどりですから

不安だらけです

昨日から23回目の北海地鶏赤平火をどり孵化中です

写真上9時00孵化開始で

ヒヨコが卵の中から殻を突いて出ようとしています

右下9時2分

右から二番目が9時4分

左から二番目が9時13分

一番左端が無事出産

ではなく孵化しました

ところでこの写真の中に4個の卵が

ヒヨコが中から突いて

今まさに孵化しようとしていますが

どれか分かりますか [^^;;

 

 

 

 

ヒヨコの右隣り二個の上の卵

もう一つはヒヨコの嘴の指す方向の卵

で、左側上から2番目

最期が最上段右から二番目の卵

これが一番分かりずらいかな

 

名前は赤平火をどりと言いますが真っ黒

先月小学4年生の女の子に見せたら

「黄色じゃなぁ~~い」とちょっとがっかりした顔をされてしまいました

それを見て、

こちらはかなりがっかり [^^;;

つらら

最近のニュースで多いのは

バックカントリースキーで遭難者が出ていること

その次に

本来冬眠しているはずのヒグマが

眠らずに出ていること

 

もうひとつ

ルフィ―一味は北海道出身者が中心となっていること

 

さて、

つらら

もうすぐ春

ごめんね

驚かせて

 

なんにしても

もうすぐ桜の季節です

 

え?、

嘘だっていうのですか?

間違いありませんよ

春がこない冬は無いって言うじゃない [^^;;

 

 

北海地鶏 赤平火をどり

メレンゲ とはとWikipediaで調べると

Wikipedia
https://ja.wikipedia.org › wiki › メレンゲ_(菓子)
メレンゲ(仏: meringue、独: Meringe(l)、西: merengue)とは、卵(鶏卵)の卵白を泡立てた食材、およびそれを用いた菓子のこと。滑らかな食感をだすため、もしくは …

こう出ていました

 

去年の春から地鶏を育てています

 

名付けて北海地鶏 赤平火をどり です

 

肉の宣伝は別な機会に話すとして

今日は卵の話です

 

その前に親取りの話しからです

まず卵を産む鶏を育て

そのニワトリから卵を採り

その卵を孵卵器に入れて孵化します

 

孵化したヒヨコを100日くらい育て

北海地鶏 赤平火をどり

となります

 

考えてみたら気の長い話です

親鶏を育て地鶏を生産し肉にするまでは約10ケ月

 

その親鳥は平飼いで有精卵を産むのです

 

そんなことで

たまごかけご飯が誕生しました

写真は楽しい煉屋のたまごかけご飯です

白身がメレンゲになっています

この言い方で正しいのかな [^^;;

 

ということで、

北海地鶏 赤平火をどりの宣伝と

楽しい煉屋のPRでした [^^;;

 

お客様は神様です

これは誰が言ったのでしょうか

『お客様は神様です 誰が言った』と検索

こたえは三波春夫さん

 

顧客満足度第一と言う言葉も有ります

でも最近はチョット雰囲気が変わってきました

 

顧客満足度第一で検索すると

41,100,000のヒット

でも、

際限のないクレームを言うお客様を

カスハラ(カスタマーハラスメント)と言いますが

3,690,000件がヒットします

この言葉が広がった理由は

お客様は大事にします

また

クレームも会社繁栄の栄養と考え大事なこと

 

でも、限度を超えたクレームの場合

対応する社員が耐えられないので

そこで働く意欲が失われますよね

ですから、

社会はその対応を考えるようになったのです

 

あるスーパーの話ですが

お客様からクレームが入ったら

面倒だからとクレームが起きた商品を有無を言わずに交換していました

あるとき

イトヨカドにクレームを入れた人がいました

しかし

「これはクレームの対象にはなりません」と断られたとのこと

 

正しい対応はどっちでしょう

 

自分の経験ですが、

養鶏場を経営していました

毎日卵を集めて街のスーパーへ売りに行っていました

あるとき、

そのスーパーの社長からちょっと、」と声がかかり

「卵を買って食べようとしたらヒヨコになっていた」との

クレームが有ったとのこと

 

社長に説明をしました

「ニワトリは雌しか飼育していません」

「ヒヨコには100%なりません」と自信をもって答えましたが

「お前なぁ~、お客様が黒と言ったら黒なんだぞ」

そのクレームを受け入れており

代替えの卵を渡していました

 

腹もたつし

納得もできませんでしたが

言われていたことは理解できました

そこで

少し大人になったのかもしれません [^^;;

 

 

鳥類受難の年

いま身の回りにいる鳥類は

アイガモ、キジ、ハト、ニワトリです

子供のころは

ガチョウ、七面鳥、ニワトリがいました

 

むかし居なかったのは

鳥インフルエンザです

 

その鳥インフルエンザ、

ニワトリが鳥インフルエンザに感染したらすべて廃棄となります

例外はありません

廃棄された鳥類は昨年の10月から1400万羽とのこと

卵は暴騰

それでなくても餌が上がっているので

鶏肉も卵の値上がりで消費者は大変です

 

でも、

喜んでいる人たちもいるんですよ

内緒で教えますね

鳥インフルエンザに罹らなかった養鶏場です

 

いまその養鶏場はじっと息を潜めています

理由の一つ目は

自分だけ儲かっていることを世間に知られることを恐れて

 

もう一つは

その鳥インフルエンザが自分の農場に来る恐怖です

これは精神的にきついでしょうね

 

関係機関は

大型の動物はもちろん、

鳥類、ネズミまで入れるなとの指導ですが

カラスなどの鳥類を鶏舎に入れることは防止できても

ネズミ1匹を入れないのはほぼ不可能

 

それらはインフルエンザ菌を持っているかもしれません

 

つまり鳥インフルエンザ菌から見ると

その対策は穴だらけで

好き放題に出入りできる状態なのです

 

そんなこんなで

写真は

孵化してから7日齢のアイガモの雛です

 

弊社の合鴨の雛は

キツネや猫、犬、ネズミなどからきちんと守られています

カラスなど野鳥も絶対入ってこれません

 

ハエは?、蚊は、トンボやカメムシは?

 

でも大丈夫

昆虫は全部食べちゃうので [^^;;