私は、幸せになるか不幸になるかは、お金の使い方で決まると考えています。
でも、その前にお金に対する考え方と言うか、向き合い方がもっとも大切だとも思っていますけどね。
子供は二人いるんですが、生まれた時子供の育て方で、妻と相談しました。
「勉強を教えるのは、止めよう。どうせ小学校高学年になったら教えることは出来なくなるから。でも勉強の仕方は、親として教えることが出来るかな」と。
続けて「学校では勉強を教えるけれど、親はお金の使い方を教えようよ」と、決めたんです。
私たちには、当時、お金がなくて、お金の使い方に関してはずいぶん学んでいましたから、びったりのテーマでしたね。
子供たちが小学生から中学生までは、お年玉を1万円渡して1日で使い切るようにしていたこともありました。
で、子供たちが高校生になったら、3万5000円の生活費(?)を渡したんです。
多いと思われるでしょうが、その中から、自分でやり繰りするんです。やりくりの仕方を学ぶんですね。
学費、参考書、定期代、下着から洋服、そして家から持って出る弁当以外の食べもの全部です。
弁当を忘れたら、自分の生活費の35000円から昼ごはんを買うことになります。
でも、やりすぎたかもしれません。長女はいま看護師ですが、自分で弁当を作って持っていくようです。効果がありすぎたんですね。
現在なら、当然携帯電話の使用料金も入れることになるでしょう。
なぜこんなことをしたかと言うと、それはもちろん決まったお金でやり繰りを学ぶ。これが目的でした。
どう考えても、納得できないんです。
当時も、大金持ちが幸せだとは思えなかったんです。いまもやっぱり疑問なんですよね。
あくまでもお金は道具です。
その道具を上手に使うことが出来れば、毎日が幸せになると私は考えています。
当時もいまもですよ。